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3.新法成立前に自衛隊は活動を開始
9月26日、朝日新聞の社会面に首相の「アメリカと共に毅然と戦う」と「自衛隊は危険なところへ出しちゃいかんでは、話にならない。…どうやってテロ防止のために活用できるか、出し惜しみはしない」の発言に「戸惑う自衛隊」と大きな見出しで記事を載せた。
小泉首相のこの発言は、国連平和維持活動(PKO)、周辺事態法など自衛隊の活動範囲を徐々に拡大してきた憲法論議の範囲を飛び越した重大発言である。これは自衛隊の問題ではない。憲法論議の一線を越えた首相発言は、独善、独断発言で憲法違反である。
後藤田正晴・元副総理は、「自衛隊を安易に使うな」「場当たりや無原則になってはならない。冷静さが肝心だ」と述べている。
小泉内閣が自民党員の高支持率で成立した時、政治評論家・森田実氏が「1930年代を思わせる」と言った。30年代は、ヒトラーが台頭、婦人層、労働組合などの支持を受けて、選挙で第一党を獲得して、独裁国家ナチス・ドイツを確立していった年代である。高支持率が必ずしもよい結果を生むわけではない。むしろ危険性が高いことを歴史が物語っている。
小泉首相は、高支持率を背景に、米軍支援の新しい法律が成立していない段で、アフガン難民救援物資を輸送するために航空自衛隊をパキスタンに派遣した。また、硫黄島を経てインド洋に向かう空母キティホークを護衛して横須賀を出港した。自衛隊の戦争参加に反対する市民の声は、まったく無視して前のめりの戦争参加である。
新法成立前に「戦争をしない国」を「戦争をする国」に大転換することが、民主国家で許されることではない。
憲法に関わる国家の基本的方針を、首相の独断で変更するということは、独裁者のやることである。
自民党の元幹事長や抵抗派といわれる自民の議員が、「ファッショの危険を感じる」とか、「人気・支持率だけで政治を行えば、ファシズムになりかねない」とテレビで発言している。森田実氏は、小泉内閣成立当初その危険性を指摘している。後藤田元副総理も自衛隊領海外派遣にたいして、憲法に抵触すると厳しく批判している。 心ある市民は集会を開き小泉首相の独断にたいして、反対の意見をはっきりと述べている。
このような状況下にあって、自民党の幹部が小泉首相の独断専行をファッショだと言い切ったことは当を得ている。
しかし、この発言が道路公団民営化の議論進行中の発言であったので、族議員の利害に関わる発言として、聞き流されてしまった。
二十一世紀の日本を国家主義国家に逆戻りさせてはならない。独断的、国家主義気配のあるものは、小さいうちに取り除かないと、日本の未来にとって取り返しがつかなくなる。
4.異様な高支持率の危険性
ブッシュ大統領は、ゴア大統領候補に極わずかな差で、大統領の座を獲得した。アメリカ国民の支持率は五分五分であった。突発事件、同時多発テロの民間機突入、爆破・ビル崩壊の衝撃的映像の情報操作によって、支持率は90パーセントを超えた。テロの無差別殺戮にアメリカ国民は、恐怖におののいた。恐怖は敵愾心に変わり、「テロ撲滅」で国論を一色に塗りつぶすのに成功した。
テロリストの犯罪を戦争にすり替え、愛国心を燃え上がらせ、星条旗で街を埋め尽くした。アメリカは興奮のるつぼにあり、テロ撲滅以外は受け付けない状態を出現した。
戦争を即断したブッシュ大統領を批判したニュースキャスターは、即刻罷免され、反戦の意志を表明した高校三年の女子生徒は、休学処分を受け、裁判も敗訴、学園を追放された。
ブッシュ大統領の支持率90パーセントがつくり出した、民主国家アメリカが民主主義を失った危うい社会現象である。
ブッシュ大統領は、高支持率を背景にして、アフガンを空爆、タリバン政権やビンラディン・アルカイダとは関係のない一般市民を恐怖におとしいれ、市民の死は想像の外にあった。危険な政治選択に興奮した米市民は気づいていない。
5.小泉首相の高支持率の不思議と危険性
自民党総裁選は実質は橋本対小泉の対決選挙であった。開票の結果は小泉の圧勝であった。
「恐れず、ひるまず、とらわれず」を基調とした行政改革を旗印に、田中真紀子と小泉純一郎の「小泉をつぶすか、自民党をつぶすか」式の絶叫型パフォーマンスが、自民党員の注目をひいた。今までに見たこともない断定的決断力を感じさせる強引さが票を集め、高支持率で自民党総裁の座を勝ち取った。高支持率は、自民党員の票である。
小泉内閣組閣後も90パーセントを超える支持率が、報道された。不思議な高支持率である。何かを断行するであろうという正体不明のものへ期待をかけた漠然とした自民党員の期待票が、小泉内閣の高支持率に横滑りしたもののようである。
高支持率は自民党抵抗派の口を封じ、小泉批判はほとんど影を潜めた。小泉首相と二人三脚の役割を果たした田中外相を批判する報道には、抗議のFAXが殺到した。これは異常で過剰な現象である。
自民党は小泉人気に便乗して、勢力挽回を狙って自民党本部の壁面に、馬鹿でかい小泉首相の顔写真を貼り出した。偶像破壊のタリバンの裏返しである。政治のトップの顔写真を仰々しく貼り出したのは、ヒトラー、スターリン、毛沢東、金日成など独裁者がよくやる手口である。
また、テレビを利用したパフォーマンスだけでは物足りなかったのか、小泉首相の顔写真のポスターを売出し、小母さん連中が競って買い漁っている姿がテレビに写るのを見て、ただ唖然とするばかりであった。挙げ句の果ては、純ちゃん弁当が売り出されたのには、何をかいわんやである。
このような大向こう受けする影の策士が作り上げた支持率をバックにして、「恐れず、ひるまず、とらわれず」と、政教分離を無視しての靖国参拝強行、道路公団の民営化は、反対議員ともににっこり笑っての握手で、締め括る怪しさ。「三方一両損」とわけのわかったようなわからないようなことを言って、保険料を値上げした。改革には痛みに耐えよと言いくるめ、経済不況は底知れず悪化、リストラ、失業者はうなぎ登りに増え、ホームレス、自殺者は増える一方である。それでも小泉内閣支持が、75.6パーセントとは、不思議であると同時に理解に苦しむところである。
この不思議な支持率が、戦争を否定する国を、戦争をする国にしたのである。 今、この危機的状況に国民が気づかないと、とんでもないツケが国民にのしかかってくるのは間違いない。
「恐れず、ひるまず、ためらわず」などと一見カッコイイ言葉に幻惑されて、自衛隊を領海外であるインド洋やパキスタンに派遣することを、許してはならないのである。
6.「テロ対策特別措置法」の成立
9月26日、小泉首相が米軍支援の「対米公約」後、一ヶ月たらずの審議で重要法案「テロ特措法」を10月30日に成立させた。
27日、自衛隊領海外派遣新法について、自民・公明・保守三党合意。武器使用の緩和の方向も打ち出され、米国追随の姿勢が見えはじめた。
10月4日、アーミテージ国務副長官が、武器・弾薬の輸送も可能にと要求。
5日、「テロ特措法案」国会に提出。「首相の独断専行」の批判が話題になったが、その声は小さく踏み込んだ議論はなかった。
6日、米国務副長官、「旗を見せろ」発言。
同時地、テロ特措法案、国会審議。テロ特措法と憲法の関係についての質問に小泉首相は、「曖昧さは認める」「一貫性、明確性を問われれば、答弁に窮してしまう。そこにはすき間がある」と述べている。新法案は憲法上に説明できない問題があることを認めている。しかし、新法を可決する自信をみせ、「多少の犠牲はある程度は覚悟しなければならない」と述べた。後方支援を強調しながら戦争参加の認識があるから、犠牲者すなわち戦死者が出るかもしれないというのである。行革では国民に「痛みを我慢」といい、今度は「戦死も覚悟」と国民にたいする要求だけがエスカレートしていく。こうした危険な事実の変化に国民も野党も食い下がらないのが不思議である。
ブッシュ大統領も「戦争は長期にわたるもの」とことわって、「地上戦になれば犠牲者も出る」と国民に覚悟を促している。「殺すことに価値を認めるが、殺されることには価値を認めない」としていたアメリカの戦争観を、ブッシュ大統領は変更した。
国民に戦死の覚悟を要求するのは、並大抵のことではない。両首脳にこのことを言わせたのは高支持率と同時多発テロである。
10月11日、米軍支援は、憲法前文「国際協調」によるものと開き直る。更にPKO改定、他国部隊も防護、武器使用緩和と自衛隊の活動範囲を拡大の方向へ議論は進められていった。
10月30日、テロ対策特別措置法案は、140対100で可決、成立した。
憲法に違反することを首相自らが認めている「自衛隊海外出動」を決めた。米軍支援戦争参加法が可決されたのであるから、これからは何でもありとなりかねない。この暴挙にたいして心ある市民・労働者・学生が反対しているのである。
もう一つ反対の根底にあるものは、戦後民主主義を排除して体制復古を狙う政府自民党のなし崩し政策である。教育改革、教科書問題、国歌、日の丸問題、等々、そして自衛隊の「戦争参加法」である。
憲法制定による軍隊不保持→警察予備隊(1950)→保安隊(1952)→自衛隊(1954)→PKO(1992)→新ガイドライン(1997)→周辺事態法(1999)、そして今回の米軍支援戦争参加法の制定となし崩しに自衛隊の活動範囲の拡大充実が行われてきた。
自衛隊が領海外に出動すれば、もはや自衛隊ではなく軍隊である。うっかりこう批判すれば、我が意を得たりと名称「日本軍」と改称されかねない。体制復古の狙いは、国軍復活である。
テロ特措法と名称をぼかしているが、インド洋、パキスタンへ自衛隊を出動させたことは、中東またはどの地域へも出動できる既成事実をつくったことを見逃すわけにはいかない。
米軍支援の内容も審議過程でなし崩し的に拡大されていった。はじめ食料・飲料水・医薬品などであったのが、武器・弾薬の輸送になり、更に武器・弾薬の補給に拡大されていった。
高性能・攻撃力のあるイージス艦の派遣は、調査、研究のためと先走って説明されたが、弁明に窮して中止となった。しかし、自民党山崎幹事長は、諦めが悪いのか「今後派遣もありうる」とのコメントを出した。
政府は自衛隊を派遣することにのみ力を入れることなく、日本ができる難民救援、戦後処理、アフガンの政治経済の復興に最善をつくすと明言すべきだ。
7.愛国心・反戦・愛国心
自分の国を愛さない人はいない。自分が住んでいる国だからである。人はまず自分を愛する。そして恋人を愛し、家族、郷土を愛し国を愛することに愛の対象は広がる。国や郷土への愛は、対象が大きく漠然としたものがあるが、家族愛は日常生活のなかに不動のものとして存在している。その拡大された愛国心は、人の心に自然に芽生えた愛国心と言える。
国家が戦争を始めようとする時、愛国心の高揚が不可欠のものになる。
同時多発テロと同時にブッシュ大統領は、マスメディアを巧妙に操作して、アメリカ国民をテロ撲滅の興奮に巻き込み、愛国心の高揚に成功した。星条旗が街中を埋め尽くした。
冷静さを失った愛国心は、時には国民に大きな不幸を招く恐れがある。日本は十五年戦争で原爆をはじめ手痛い悲劇を体験した。アメリカもまた、ベトナム戦争で多くの兵士の命を失う体験をした。時間が愛国心の負の部分を忘れさせることがあってはならないと言える。
アメリカの高校三年生・ケイティ(十五歳)は、米軍がアフガン空爆を開始した後、「戦うのでなく、共に生きよう」とTシャツに書いて登校した。校長はケイティを三日間の停学処分にした。彼女は処分を不当として、裁判所に提訴した。しかし、教育委員会と裁判所は、彼女の敗訴を下した。
彼女は上告、黒いリボンをつけて登校、反戦の意志を表明した。母親は「戦争の時だからこそ、黙っていてはいけない」と励まし、弁護士は「ケイティの勇気が大切だ」と評価、学友二十人が応援した。
しかし、愛国心の興奮のるつぼのなかで、非難や嫌がらせが激しく、彼女は退学した。テレビは一局だけが取り上げただけで、すべてのマスメディアは取りあげなかった。ケイティの行為こそ真の愛国心ではなかろうか。
私たちが自然な形で心に温めている「愛国心」はどこまでも大切にした。しかし、国家が国民に強要する「愛国心」は、危険なものが含まれていることを証明する事件であった。
日本の国会でもテロ特措法を審議している時、「テロの味方をするのか」と野次が飛んだ。このテレビの一駒から、戦時中の「非国民」呼ばわりで言論を封殺したことが、また頭を出し始めたかと危惧をいだいた。
国家が戦争を遂行しようとする時、愛国心の高揚と、言論統制を行う。戦争遂行にあたって、愛国心と言論統制は表裏の関係で国民に突きつけられる。
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